apriori_37g

小説とか、趣味とか、哲学

短歌・川柳 3

置き手紙さえ信じれずにいて葬式のことばかり考えるわたし

Iとかsheのことばかりで目の前の実像忘れているのたった今

電車で眠る私の頭上に知らぬ男の愛妻弁当

大きくて触れられないの幻想、漫画の読みすぎ私は誰

時運び私は二十歳になっていた流れる二十年を連れてきた

「誰でもいい」に私は入っていない、私は誰でもないらしい

竹ぼうき枯葉のざわめき掻き集め見たことのない海を追思す

お〜いお茶小学2年の川柳にいつまでも勝てず刺し込む妬心

竹ぼうき枯葉のざわめき掻き集め見たことのない浜辺を想う

青春が真っ赤に燃えてやってきた

春休み!

あ〜っと 春休みが終わりましてまた私は大学生にならなきゃいけないらしい
役職が与えられたことにホッとする反面やっぱり行きたくないね。可愛いことを言うと、大学にいる人全員が私の大好きな人たちだったら、全然行ってるんだろうな〜。ブログを見てくれてる貴方、私の大学の教授になってください。
明日は春服を仕入れに行ってきます。服に対してこだわりが強すぎて、五万円持っていっても、GUのスカートひとつだけ買って帰ってくることがよくあります なんか悲しいので辞めたいです
今年の春休みは、結構遊んだ気がする。九十九里浜行ったし、ゲームしたし、いろんな人とご飯行ったし、去年はマジで終わってたからな〜
九十九里浜の話をしよう!
とにかくよかったな〜。とにかく、とにかく誰もいないところに行きたくて、千葉の端まで、恋人の運転する車で逃避行してきました
途中から段々と人気がなくなって、遂にはコンビニまで車で5分かかるみたいな場所まで着いて若干不安があるものの、めちゃくちゃ綺麗な海だけは目の前にあるっていうのが面白かった。本当に必要な物は遠くにあるのに、贅沢品は近く大きく広がってるっていう、なんと不便で贅沢な…
そしてこれは私達の暗黙のルールなんですけど、車が信号待ちになった途端、頬と頬をくっつけるというバカな遊びをかれこれ半年ほど続けていて、遂に私が恋人の太ももに寝っ転がったまま、車を走らせていました(バカすぎる
愛し愛されると言うことが少しわかった九十九里浜でした。そしていつか思い出になるのかな、いつか忘れたくなるのかな、いつか泣くことになるのかな、と終わりのことばかり考えていました。だって大好きだからね。マジモンの根暗をナメるな

そうしてセンシティブな私は寝る前の動悸がちょっと酷かったり、上司に嫌われている気がしたり、ゲームが上手くならない自分を嫌悪したりと、一人で勝手に病んでいます。お前がラーメン食ってる間に俺は死にかけています。

やっぱり大学行きたいかも。勉強好きだし、何より私が必要とされているところがなきゃやっていけないや。。。えーん。






どうせって思いながら生きるのが辛い。どうせアイツなんて、どうせ恋なんて、どうせ日本なんて、どうせ人間なんて、どうせ私なんて、なんて、一生、一生私はずっと。もう可愛いうちに死んじゃおっかな。逃げ道に死がある自分が恐ろしい。動悸が止まんなくて、ボロボロ涙が、お風呂のお風呂の浴槽が涙涙なんですわ、浴室
いつから私は私が信じらんなくなった いつからよ、いつかたいつまで
お酒なんておいしくねーじゃん、正気じゃねぇ奴が飲んで正気になれんのがお酒だろ、こちとら常に正気で生きなきゃなんねーような毎日だったからもう常に酔っ払ってるみたいなもんだよ、アホ、アホ、アホ
急に私がいなくなったらどうしてくれる、みんな泣いてくれる?誰か後追いしてくんね?私と天国でスマブラしてくれる奴来てくれ
もういいよ。もういい
もうやだもうやだもうやだ
もうやだなの〜☆無理人生

いつまで私は独りが好きなんだろう

いつまで私は独りが好きなんだろう
今日は本当にダメで人と全然喋れなかった
全然馴染めなかった
きっと誰も悪くないしむしろ気遣ってくれた人いたけどそれでもダメだった
いつまで私は独りが好きなんだろう
やっぱり独りで文を書いたり絵を描いたり本を読んだりネットサーフィンしたりしてる時間が何よりも幸せで絶対必要な時間で、だからダメだった
もっと楽しくなりたいなもっともっと飲み会が好きになりたい人と話すことが好きになりたい
怖いな全部私は私が一番わからない誰もわかんない
なんでなんでって思うけど、案外みんなもそうなんだろうな、なんやかんやみんな、ネットサーフィンしてる時間が一番好きで、表向きにサッカーが趣味ですとか言ってるだけかもしんない。そうだといいな そうでいてほしいな
もしそうなら猫被らずそう言ってよでも私が一人で家にいる時間が一番好きっていうと微妙な反応されるしやっぱ私だけ?それとも会話の為に嘘ついたほうがいい?料理が趣味ですって言えばいい?やっぱり。
そしてやっぱりやっぱり 大好きな先生なんで私達の元を去ってしまったの 私は本当に大好きだった 貴方がいない飲み会、ほんとにつまんなかったよ。貴方の声が聞こえなきゃダメだダメだ今はどこでお仕事してるんだろ。お願い会いたいよ 会いたい
寂しい永遠に。ずっと
もうみんな何でもかんでも喋ってほしい。悲しい話でもいいよしようよ。本当につまんないよアンタの好きなミュージシャンとか、マジでどうでもいいお願いだから貴方の話を聞かせてよ何を食べて何が好きで何に泣いたか教えて

小説(タイトル未定)

それはまさしく春の訪れであった。私の心に爆発するように花開く桜。神の息吹は張り詰めた頬を打った。曖昧な教室の中央に、少女が座っている。絹の様な、やや重く垂れる黒髪は富士宮の白糸ノ滝を彷彿させ、尖った鷲鼻は黒板の奥を向き、滲んだ瞳は我々がまだ見ぬ世界を映しているに違いない。私は彼女に酷く罵られるのを想像した。内臓が熱くなるのが分かった。所謂一目惚れであった。
この日は始業式であった。一つ年下の新入生達がまだ固い制服を着て朗らかな廊下を遊歩している姿を友人と眺めた。麗しい少女が目の前を通り過ぎる度に我々は沸き返ったものの、私の心の内はずっと平静であった。教室の少女は私の頭の片隅に居座った。黒い世界で椅子に座り、私の心臓を一点に見つめては浅く呼吸を繰り返している。
彼女の名前が知りたかった。私は何度も彼女の座っていた席の方へ目を向けるが、姿は無い。どんな名だろうか。真弓?光?凛?彼女の名にさえ期待を滲ませた。名は体を表すと言うし、きっと引き裂くように真っ直ぐな名に違いない。私の名字に似合う名だといい。
廊下を歩いていた新入生達は川に流されるように去っていった。鐘が鳴り、私の学級を担任する教師がやって来た。若い女であった。歳は20前半で、少し明るい栗色の髪で、睫毛がうんと長かった。教師は身体測定と時間割が書かれた紙を配り、ではまた明日。と、微笑んだ。新しい学級になったとはいえ、二年生の私達の始業の日は呆気なく終わり、私は友人に肩を組まれ教室を出た。ラーメンでも食いに行こうと言われた。私はあの少女を最後に一瞥した。彼女は身体測定について書かれた紙を穴が空くほど見つめていた。瞼は落ち、眉はなだらかであった。彼女の名前は分からなかったが、明日にでも分かるだろう。それまで、似合う名を考えることで精一杯だった。

体操着に着替えて外に出た。これ程までに春を愛したことがあったであろうか。今までは寧ろ憂鬱で、まだ見ぬ私に恐れさえしていたものの、今日は舞い上がる蝶に想いを馳せる余裕すらあった。二年生になり二日目にして夢見心地の通学路は散々な嵐の日を思い出させようとしない。
校門をくぐり、下駄箱の前で友人と挨拶を交わしたら、彼はぎこちない表情をして私の耳元で囁いた。「君の教室に心臓病の女がいるというのは本当か?」私は驚いた。そんなことを知る由もなかったし、それを知って何になると思った。「知らない。どうかしたか。」「その女は短命だというんだ。あと一年も保たないらしい。」彼は笑ったような、泣いたような顔をしていた。その女を思っての筈もなく、ただ純粋な好奇心だけであった。「私は知らないし、それはそうと残念だな。教室の誰かが死ぬのか。」彼は酷い言い方だと私を責めたが、実は同じ心持ちであるに違いなかった。
席に着き、よく見渡すと知った顔が何人か見える。女生徒の姿を幾度と目にしても、やはり私はあの少女を探していた。しかし、一限目の鐘が鳴っても、彼女は姿を現さなかった。
我々は体育館へ向かい身長や体重を計測し、肺を映したり、刺さるように冷たい聴診器を当てられたりした。友人達は女生徒の胸や脚を見てはあれやこれやと論評を重ねていたが、それは実にくだらなく無意味だと薄々勘付いていた。友人の一人に何故そんなに黙っていると問い詰められても、恥ずかしがり屋なのだと茶化されて、卑しくはにかむ事しかできなかった。私の眼中にはあの少女しかいないと言うことなど出来なかった。
最後に、心電図検査が行われた。診断表を眺め列に並ぶ。去年より背は四センチも伸びていたし、体重はまた増えていた。このまま私は何処まで大きくなってしまうのだろうかと怖くなった。私の診断表を覗き込んだ友人が、肩を叩き「そういえば、心臓病の女って誰なんだ。」と訝しむ目で女生徒を眺めはじめた。私も顔を上げて女生徒の列に目をやるが、見た目でわかる筈などなかった。すると友人の一人が、「いや、心臓病の女はここには居ない」と言い出した。我々の視線は友人に向いた。「心臓病を患っていると知っていて、心電図検査を受けるはずがない。学校の検査はあまりにも簡易的で誤診も多いし、何より分かっている病気を告げられても哀しくなるだけだろう。」その時私の心臓は大きく脈打った。あの少女はいないのか。今日の朝もいなかった。私は急いで女生徒の並ぶ頭部を一つ一つ見た。確かにあの頭部は無かった。全身の血が冷めるのがわかった。彼女はもうすぐ死んでしまうのか。友人は「それは残念。でも、いないと言われても誰が欠けているのかわからないな。なんせ昨日初めて出会った人達ばかりだから。」と、途端に興味を無くし、また女生徒の論評を始めた。
どうしようか。私は彼女が当たり前に生きていると思っていた。その時初めて、私と彼女との未来を、果ての果てまで夢見ていた自分に気づいた。私は彼女と一過性の関係など望んでいなかった。愛し愛された果てに興味があったのだ。白いシルクを纏った彼女を抱いた夢想の私を恨んだ。もし彼女が本当に死んでしまったら、永久の夢になってしまう。
気づけばベッドに寝かせられ、心電図検査が始まっていた。丸眼鏡をかけたおばさんが、私の腹筋に手を当てている。少し待ってから、「お疲れ様です。」と声をかけられ、身体を起こした。私は生きている心地がしなかった。生きているからこそ、心電図検査を受けられるというのに、私という私は殆ど死んでいた。

その後の私は上の空であった。友人達に声を掛けられるも反応は鈍く、それを見かねて、「確かに新しい教室は緊張するけれど、僕たち友達なんだから」と大笑いされた。私はそれ程つまらない理由で言葉を詰まらせている訳ではないのだ。今にもむせ返りそうな緊迫感があった。一通り健康診断を終えても、あの少女は教室にいなかった。そのまま今日の全てが片付いてしまった。

人の地獄に口出すな

「人には人の地獄がある」この言葉が大嫌いだ。滲み出る、良き理解者としての優越や、地獄をも包括するという全能感への陶酔に悪寒を覚える。
本当の地獄を知っている人は、他人の地獄へ足を踏み出すことがどれだけ失礼で、どれだけ繊細で、どれだけ脆いかを知っている筈だ。なのに、「人には人の地獄がある」という言葉はつまり、「あなたも私もそれぞれ苦労してます」とでも言いたいのであろうが、親を無くし煌びやかに着飾った体で夜の東京に紛れる二十歳の女の辛さが、愛し愛され生きてきた薄化粧の女の辛さと同等な筈がない。
「人には人の地獄がある」と言えば、「私は隣人の苦労でさえ包括し、愛している」と叫ぶことが出来ると思ったら大間違いだ。それは「私は想像力に欠如した、世間を知らない人間である」と叫んでいるのと同じである。
そして地獄というものを定義しているという点でも実に配慮が欠けている。地獄だけを地獄と認めることですら、それは他人の辛さ、もっと言えば幸せも含めた辛さを軽視している。
人間が何年も歩んできた中で生まれた小さな摩擦から大きな衝突までも、それら全てを「地獄」という実際にあるかどうかも分からない世界線の話で纏めるな。人間が重ねた苦しみは閻魔大王が座る夢のような話なんかじゃ決して無い。地獄という抽象的でぼやけたものなんかじゃ無い。
辛さだけを地獄だと思ってはいけない。女子アナが歩く地獄と水商売の女が歩く地獄が同じだと思ったら大間違いだ。「私だって辛い」なんて絶対言うな。人間程度の想像力だけで他人の人生を辿れると思うな。
私は本当に「人には人の地獄がある」という言葉が大嫌いだ。

二十年の構造

二十歳になった。私が二十年続いた。最近やっと気づいてきたことだけれど、みんなそれぞれ色々悩んでるし、私の悩みはすぐ傍にいる誰かの悩みだったりする。私は本や絵ばかりに向き合ってきたけれど、いま本当に向き合うべきなのはいま隣にいる人間なのだとようやく気付いた。
誕生日の一日前、私は大きな後悔をした。当たり前にある未来だと思っていたものを突然失ってしまった。私ではなく教え子の人生だった。私はこれからずっと、これを枷に仕事を続けるのだと思う。
仕事を二年続けてきても、まだ沢山間違ってしまう。みんなはできているのに、何故私は間違えるんだろうとずっと思っていた。
二十歳を迎えた朝、同期の男と喋り続けた。彼は「俺だって沢山やらかしてるよ」と答えた。私は他人の失敗が見えなかっただけで、それぞれがそれぞれに悩んでいるし、前に進もうとしているのだと思った。本当に当たり前のことだけれど、私は全然気づいていなかった。
上司に迷惑をかけることを一番恐れていた。もっと言えば、自分が嫌われるのを一番恐れていた。でも、上司だって間違えはするし、結局は笑って私と話してくれる。私は他人を恐れすぎている。
家族のことも考えた。正直家族のことは嫌いだ。今父として家にいる男は本当の父では無いし、妹とは何年も話していないし、母のデリカシーの無さには疲れる。今すぐ誰かさらって欲しい。
私はもう、家族以外に必要とされる人生を送りたい。一緒にいて楽しい人になりたい。恥を捨てられる人間になりたい。しっかり謝れる人になりたい。誰とでも話せる人になりたい。